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「小さな中国のお針子」2002年フランス映画

 

 中国系フランス人ダイ・シージエが、文化大革命時の体験をもとに描いた小説を、自身で映画化したもの。まず、文学作品の映画化が作者自身でされているということに興味を引かれた。監督がどんなふうに原作を料理しようが、原作者を裏切らないというのは幸福なことだ。それに、きっと自分の小説に思い切り忠実に映像化してるのだろう・・・。

 小説「Balzac et la petite tailleuse chinoise」を先に読んでから映画を観たのだが、前述の予想は見事にくつがえされた。

 地上から隔絶した山奥の村の、人が通るのも阻む険しく暗い道や、人々の蒙昧さ、坑道での危険な作業・・・。暗く苦しい雰囲気が立ち上る小説の描写とは打って変わって、映画ではしぶきを上げる清新な水、眼の覚めるような緑等々、まるで自然賛歌のような場面の連続だった。

 17歳のマーと18歳のルオが村の美しいお針子に恋をする、青春のほろ苦い経験を同じように描きながら、こんなにも作品世界が変わることに正直驚いた。小説の生理的ともいえる濃厚な文体が、きれいな水で薄められ、さらっとした色つき水墨画になった感じ。同時に、主人公たちが仲間の少年のバッグから西洋の小説を盗んでいる所に少年とその母が帰ってくる場面や、ルオの子供を身ごもったお針子のために病院に向かい、そこで医師に話を聞いてもらうまでのマーの身を賭けた苦しい冒険ともいえる、原作の手に汗握る緊迫した場面は、映画では他の場面と同様、あっさりと平坦に描かれ、緊張感の落差は非常に大きい。

 映画と原作は別物。まったくそのとおりだ。共通点を探す、あるいは違うところを見つけて論じることは、そもそも作者が扱っている“道具”が違うのだから、無理がある。ただ、この作品からは、小説かあるいは映像かによって、作者が自分の内の文体を使い分けているということははっきりと分かる。メガホンから見た世界は文章で構築するものより単純に思えたろうか。映画は美しかった。監督は映像ではそれを追求しようとしたのだろう。

 

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