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「ベンジャミン・バトン 数奇な人生」

2008年 アメリカ映画

 

 年老いて生まれ、次第に若返っていくという、数奇な運命を背負った男ベンジャミンの物語。
 母は産褥で死んでしまい、わが子の容貌にショックを受けた父は彼を老人施設の前に捨て、ベンジャミンは彼を拾った女性に愛情深く育てられる。幼い頃は車椅子、それから二本の杖で歩き、杖が一本になり、背筋が伸びて走ることもできるように、と彼の体は普通の人と逆行していく。だが、心の中は子どもから青年へと他の人同様の時間が流れていく。
 普通なら、無邪気に遊びまわるはずの時間を、老人と一緒に所在無く過ごし、彼を大切にする人々に囲まれてはいるものの、同年代の親しい友人に恵まれることはない。そんな中、唯一彼を自分と同じ子どもとして興味をもってくれた同年代の少女デイジーに出会い、彼女に深く惹かれるように。

誰でも自分の実年齢と内面や外観の落差にいら立つことがあると思う。若い時には、もう一人前だと思いながら子ども扱いに悩み、歳を取れば、気持ちは昔と全然変わっていないのに、容貌や体力が衰えていくのが受け容れ難い。でも、ベンジャミンの場合は、生涯にわたって外観と内面が反対方向に大きくずれ、自分自身からの疎外感が大きいばかりか、周りの人々には、彼が実際には人生のどの位置を歩いているのかが分からない。
 デイジーとのすれ違いが切なかった。二十歳過ぎのデイジーが言い寄った時、ベンジャミンは自分の老いを恥じて大切な機会を逃してしまう。時間が経ち、少し若返った彼が彼女をスタジオに尋ねて食事に誘うと、まわりの若者から見れば自分はまだ老人なのだと気付き、彼らの溌剌さに気おされて去っていく。三度めは、もう十分若くなっていたのに、事故に遭ってベッドにいたデイジーは、彼の美しさにかえって惨めな気持ちをつのらせ、彼の優しさをはねのける。
 すでに人生が半ばを超えた時、二人は再び出会い、初めて、自由で愛にあふれ、輝くような日々が訪れる。だが、二人の年齢が釣り合っている時間は留まらず、自分が子どもへ向かっているのを知っているベンジャミンは、デイジーと我が子に別れを告げる。
 物語は、第一次世界大戦が終わった直後から2003年までの長い時間をめぐるが、養母やデイジーとの関係以外は、短い出会いと別れの連続だ。
 彼と同じように異形に見えるピグミー族の男はある日突然さよならをいい、ピアノを教えてくれたおしゃれな老夫人はチェアーに座ったまま息を引き取り、船で出会った人妻は短い手紙を残して去り、タトゥーを自慢する船長は敵の銃弾に倒れてしまう。皆、出会いを喜び、彼をいとしんでくれた。そして、そんな彼らの誰もに孤独の影がある。
 17歳で家を出て、ベンジャミンが働くのは船で、関わる人の限られた、海に浮かぶ閉じられた空間だ。デイジーと別れた後は旅に出るが、そこでの人々との出会いは、それこそ旅人としてのものでしかなかったろう。片や若いさかりを老人の風貌で、片や初老なのに気ままな青年のツーリングにしか見えない姿で。長い生涯を通して、彼が本当に出会った人は非常に少なかったに違いない。だからこそ、彼を愛してくれた人々との短い時間は、切ない喜びとかけがえのなさに彩られているのだと思う。

 F・スコット・フィッツジェラルドによる原作小説のフランス語訳「L’Etrange Histoire de Benjamin Button」を読んでみると、老人に生まれてのち若返っていくという設定以外、映画とは全く違う内容だった。

 原作のベンジャミンは老人の体に大人の知能をもって生まれ、若返っていくにつれて精神状態も同様に若返っていく。体が幼児になれば知能も幼児に。つまり、人間の一生を単純に逆にたどるわけで、映画のように肉体と精神の成長が反比例するわけではない。

 彼は普通に家庭で育てられ、他の人と同様に社会と関わって生きていく。父の会社を発展させ、壮年時に恋愛して結婚し、上流階級と付き合い、戦争で武勲をあげ、見かけが二十歳になると大学にも入る。一方、好奇の眼やスキャンダルもつきもの。老人の時に大学に入学しようとしたり、子どもになった時期に軍隊の招聘に応じようとした時は、本当の年齢を信じてもらえずに嘲笑される。若返っていくにつれて老いていく妻から心が離れるが、妻子も彼の若返りを苦々しくしか感じない。つまり、恵まれた境遇に生まれ優れた力をもつ人間でも、もし時間を逆行する運命なら、どんな人生になるのかを想像したもので、その視線は突き放したものだ。

 保護が必要な時期のベンジャミンに関わるのは、赤ん坊に戻った時の乳母以外は、父であり祖父であり、息子であって、家父長制のなごりなのか、不思議なほど女性に影がないのも原作の特徴。社会の片隅にいるが、迫害とは無縁で、孤独だが、養母や恋人に生涯母性的な愛情を注がれる映画のベンジャミンの物語は、原作と違って幸せの余韻を切なく胸に残す。

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