シネマ大好き

 

  

 

HOME

 

 

 

映画と原作

 

 

 

写真館

 

 

 

MEMO

 

 

 

BLOG

 

 

 

LINK

 

 

 

PROFILE

 

 

 

CONTACT

 

 

「スラムドッグ$ミリオネア」

 2008年 イギリス映画

 

  ヴィカス・スワラップの原作を、ダニー・ボイル監督が映画化。第33回トロント国際映画祭観客賞、第62回英国アカデミー賞作品賞の他、第81回アカデミー賞で作品賞を含む8部門を受賞した。

インド・ムンバイのスラム街で育ったジャマールは、クイズ・ミリオネアに出演して、最後の一問を残すだけまで正解を重ねるが、無学なために不正を疑われて逮捕されてしまう。暴力的な取調べにも無罪を主張する彼に根負けした警官は、番組のビデオをコマ送りしながら、なぜ回答できたかを話させ、それに対するジャマールの告白から、子ども時代からの彼の壮絶な人生が明らかになっていく。
 拷問そのもののひどい取締り。警察が気にするのは人権団体に知られて抗議されることだけだ。番組中でも、司会者は携帯電話の販売会社でアシスタントをする彼のことを、さかんに「お茶くみ」と揶揄し、バカにする空気をあおる。貧しい者には、人権もなく、礼儀をもった普通の対応さえ必要ないというのだろうか。だが、ジャマールは強靭で、冷静。司会者が何気に置くワナにもはまらず乗り越えていくのが痛快だった。
 崩れそうなゴミの山やぼろ家のひしめくスラム街の映像がすごい。イスラム教徒とヒンズー教徒の争いから母親が殺され、兄のサリームと共に逃げ惑うなかで少女ラティカと出会うジャマール。やくざが貧しい子どもを食事で釣って、物乞いをさせるために目をつぶす。この場面は辛かった。彼らから逃げる時にラティカとはぐれ、彼女を探し出すことを誓うジャマールが、やっと彼女と再会し、だが組織に阻まれ、彼女がいつも見ているという理由で出演したのがミリオネアだった。
 クイズで出される問題が、彼の過酷な体験と重なっている不思議な運命。暴動の中で見た全身真っ青に塗った神の姿の子ども。物乞いになったかつての孤児仲間と再会した時、彼に渡したドル紙幣。やくざの仲間になった兄が突きつけたピストル。それら一瞬一瞬のとてつもない衝撃性。

 今は会社で働き、番組に出ているのだから、主人公が生き延びたのは分かっていても、窮地に追い込まれる回想場面は、本当にスリリングだった。
 貧しい階層に生まれ、さらに孤児になり、誰からも保護されずにはいつくばって生きるしかない子どもたち。すぐそばに虐待や死がある過酷な状況に胸がふさがる。 だが、少年ジャマールの明るさと強さも圧倒的。有名な俳優が街に来たとき、閉じ込められたトイレを汚物の中に飛び込んで脱出し、全身大変なことになりながら、サインをもらうための写真はしっかり空中にキープ。タージマハールでニセのガイドになり、参拝客の脱いだ靴を盗んで売り、警官に蹴られても「これがインドの本当の姿です」といって同情させる。したたかで、飄々としていて、思わず笑ってしまう場面もたくさんあった。すさんだりしない瞳がとてもきれいだった。
 ラティカとのかかわり以上に心に残ったのは、兄サリーム。結局ジャマールとは違う生き方を選んでしまい、ラティカを彼から遠ざけるのは彼だが、大きな転回点で何度も弟の窮地を救うのも彼。汽車の屋根に乗っての移動、泥棒を見つけられて落ちても二人。兄弟でいたから、ジャマールは生き延びられたのだ。ラティカをジャマールに会わるために、彼がたどった結末が哀れだった。
  原作のフランス語版「Les fabuleuses aventures d‘un indien malchanceuceux qui devient miliardaire」(ある不運なインド人が億万長者になるまでの驚くべき冒険)を読んでみると、クイズで不正を疑われた青年が、自分の過去に起こった出来事を語る、という設定以外は、映画と原作は大きく違っていた。

 主人公の名は、ラム・モハマッド・トーマス。教会の前に捨てられていた孤児で、養父となった神父が、ヒンズー教徒とイスラム教徒とキリスト教徒の名前をつけた。神父がイギリス人だったため、主人公は流暢な英語を話し、それが様々な場面で彼を救うことになる。

養父の死後、感化院にあずけられ、そこで年下のイスラム教徒サリームと出会う。映画のヒンズー教に襲われて家族を失くす体験は、原作ではサリームのもので、映画俳優の熱狂的なファンなのもサリーム。感化院からヤクザに売られ、間一髪の所を二人で逃げるが、二人の危機を救うのは、映画と違っていつも主人公だ。

 ヤクザから逃れたあと、往年の女優の小間使い、タージマハールのガイド、鉄工所の工員、場末のバーのバーテン兼用心棒など、場所を転々としながらさまざまな職業を経験するが、その間、やむを得ない状況から人を殺し、捕まる恐怖と孤独の中で、すさむ心を抱えるも主人公。暴力や悪事に手を染めながら、絆を求めて生き抜く波乱万丈は、映画と同じくスリリング。ストーリーが違うので、よけいに楽しめた。また、映画ではクイズの順番が主人公の経験の順と呼応しているが、原作ではそうなっておらず、過去の経験が複雑に前後して語られるため、彼の軌跡の全貌を早く知りたい思いに駆られた。

 主人公の運命に大きく関わる女性は、父親の虐待に悩むギディヤ、女優のニリマ・クマリ、そして恋人になる娼婦のニータ。ミリオネアに出場した動機が、実は復讐だという衝撃の展開も息を飲む。また、孤児である彼の脳裏から離れないのは、会ったことのない母の幻影だ。

 大理石の邸宅や高級車など、富裕層の一方で、水道の前に列をなす劣悪なスラムであえぐ人々。十二歳で娼婦に売られる少女。マクドナルドやピザハットや任天堂が出てきて、もちろんクイズ番組もそうだが、現在の話だと分かっていながらも、そのことに驚くような実態描写は忘れられない。

 俳優の名前が多く出てくるし、主人公は、映画と現実の体験を比べながら自分の成長を語る。映画への愛が溢れているのも特徴だとも思った。

このページのトップにもどる